スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

AMアンテナ 

ミズホ通信 UZ-77s AMアンテナ

ミズホ通信のAMラジオ用ループアンテナ「UZ-77s」を買いました
ラジオ好きの間では御墨付きで評判が良いだけあって、流石に高性能、感度が抜群。ちと値段が高いのがタマに傷ですが、それを差し置いても満足です。こういう訳で最近はAM三昧っす

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

スポンサーサイト

松本人志の放送室がCD化に!! 

松ちゃんトーク番組CD100枚で発売
お笑いコンビ、ダウンタウン松本人志(44)と放送作家高須光聖氏(44)の同級生コンビがパーソナリティーを務めるTOKYO FM『放送室』(土曜深夜2時)が、編集なしのノーカット版でCD化される。01年10月4日の第1回から同12月6日の第10回までの放送を1枚ずつCDディスクに収録、計10枚を1セット(5775円)に纏めて23日に発売。これを皮切りに、100回放送分まで10巻連続で10枚組BOXをリリースする。発売元よしもとアール・アンド・シーによると、ラジオドラマやアニメ番組のラジオCDは数多く発売されているが、トーク番組をノーカットでCD化するのは初めて。87~91年の毎日放送「ヤングタウン」以来となる松本のラジオ出演でファンから商品化を熱望されていた上、日本テレビ系「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」のDVD売り上げがシリーズ累計で約270万本、フジテレビ系「人志松本のすべらない話」が同180万本を誇る松本人気にも後押しされて異例のCD化が決まった。01年スタートの「放送室」は最新の19日で放送342回を数える1時間番組。ともに兵庫県尼崎市出身で6歳から親友の2人がリラックストークを展開し、ダウンタウンの結成秘話や芸人仲間との交流を紹介してきた。中学時代、2人が放送部に所属していたことが番組名の由来といい、03年には東京・日本武道館にリスナーを集めて公開録音するなど高い人気を誇る。今回の1巻に続く2巻は5月、3巻は6月に発売予定。現時点で100回目の放送まで計10巻が順次発売されると決まっており、10巻すべての購入者には特典が用意されるという。
nikkansports.com 2008年4月20日6時36分より引用

正直このニュースは嬉しいです^^
私は毎週録音してパソコンに保存しているので買う必要無いかなと思っていたのですが、今回のCDには特典が有るのでついつい買ってしまいそうですね。今回のCD発売を契機に、過去の人気のあったラジオ番組のCD化が進んで欲しいですね

詳しい参考資料です

松本人志の放送室 公式HP

高須光聖オフィシャルホームページ「御影屋」

是非訪れて見てください

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

「欽ドン」20年ぶりラジオで復活! 

「欽ドン」20年ぶりラジオで復活!
1970年代に人気を集めた「欽ちゃんのドンといってみよう!」が20年ぶりにラジオ番組として復活する。ニッポン放送「欽ちゃんのドンといってみよう!野球盤」(木曜後8・30)で10月4日スタート。萩本欽一(66)がラジオでレギュラーを務めるのは、19年ぶりだ。欽ちゃんは23日、監督を務める社会人野球のクラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」が、テリー伊藤総監督(57)の「横浜ベイブルース」と対戦するため横浜スタジアムに登場。試合前、おなじみのマイクパフォーマンスで「19年ぶりにラジオでレギュラーをやります」と発表すると、スタンドからは大歓声が起こった。テレビ化まで広がりを見せた“欽ドン”は、もともとニッポン放送「欽ちゃんのドンといってみよう!」として72~79年に放送。75年からフジテレビが「欽ちゃんのドンとやってみよう!」として放送。その後も「欽ドン!良い子悪い子普通の子」などシリーズ化された。古巣での28年ぶりの復活に、欽ちゃんは「“欽ドン”から火がついてお笑い人生が広がった。お世話になって、僕の大事な宝物。またやれるのはぜいたくでうれしい」と顔をほころばせた。ラジオのレギュラーもニッポン放送「ニュースワイド 欽ちゃんのもっぱらの評判」(87~88年)以来。「・・・野球盤」は野球を中心にした20分のエンターテインメント。リスナーから投稿はがきを受け付ける手法はかつてのままで「あのとき中高生だった人が今はおじさんになってる。衰えていないはがきが欲しいね」と声を弾ませ、野球ファン層の拡大も目指す。プロ野球のシーズンオフには選手や監督もゲストに迎える。「やっぱりメジャーリーグに行った松坂松井イチロー。海外事情とか聞きたい」と興味津々の様子。19日に現役引退と監督退任を発表したヤクルト古田敦也監督(42)についても「(会見で見せた)あの涙の中には、テレビの前じゃ言えないけどラジオでなら言えることがあると思う」と、早速出演を希望した。
スポニチ Sponichi Annex 2007年9月24日

今日は眠いので此処まで。

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

Bittersweet Samba 

UPHerb Alpert & The Tijuana Brass - Bittersweet Samba

ニッポン放送をキーステーションに長年にわたって深夜に放送されている老舗的番組オールナイトニッポン(略してANN)のテーマソング「Bittersweet Samba」です。この曲は、現在サントリーのビール代替飲料「金麦」のCM曲にアレンジされて使われているので、テレビなどで耳にした方が多いと思います。ちなみに、ここのサイトで、このCMの視聴可能
30代以上の方でしたら、このテーマソングと共にラジオに噛り付いた経験がある人が多いのではないでしょうか。あと、ANNに関する動画をおまけで2つほど置いときます。ここ2週間、出張&多忙で早起き→帰宅→すぐ就寝という日々が続いて更新が出来ませんでした。
申し訳ない m(_ _)m

おまけ

UPACゲームPop'n music7から~bitter sweet samba - playing movie


UPさよなら糸居五郎のオールナイトニッポン


人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

東国原英夫のオールナイトニッポン 

なんと今日の深夜25時(正確には10日1時)から、そのまんま東改め東国原英夫さんが、ニッポン放送をキーステーションに放送しているオールナイトニッポンのパーソナリティをやります!!
宮崎から生放送、10代限定で色々な質問に答えていくそうです。繊細については

夜・オールナイトニッポン番組ページ ニッポン放送

の方に情報が載っています。東さんといえば、私の世代にとっては、ビートたけしのオールナイトニッポン(1981年1月1日~1990年12月27日放送)が頭に思い浮かびます。左の画像は、先日、東さんが知事になった後でのツーショット。なんか、2人とも照れくさそうな表情してますね^^

詳しい参考資料です

元気じゃひか?東国原です

そのまんま東オフィシャルサイト

是非訪れて見てください

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

東京の土曜の昼のAMラジオは凄いなあ 

東京の昼13時のAMラジオのタイムテーブルを見たら・・・

TBSラジオ
久米宏 ラジオなんですけど(2006年10月7日~現在放送中)
13時~15時に放送

ニッポン放送
小倉智昭のラジオサーキット(2006年10月14日~現在放送中)
13時~16時に放送

文化放送
みのもんたのウィークエンドをつかまえろ(1987年4月~現在放送中)
13時~15時に放送

3人とも大物で、しかも皆喋りの達人ときていますから、ラジオ好きの人にとっては堪らないでしょうねえ
テレビでは絶対ありえないだろうな、この組み合わせ。もしテレビでなら、ネットや雑誌などで毎週採り上げられてもおかしくないかもしれません。さて、この三つ巴の戦いの結果はどうなるのでしょうか

詳しい参考資料です

久米宏 ラジオなんですけど 公式HP

久米宏 プライベートサイト

小倉智昭のラジオサーキット公式HP

是非訪れて見てください

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました



中島みゆきのオールナイトニッポン 一夜限りで復活!! 

中島みゆき あくしゅ券中島みゆき「ANN」一夜限りで復活
歌手の中島みゆき(54)が15年ぶりに「オールナイトニッポン」(ニッポン放送月~金曜深夜1・00、土曜午後11・30)のパーソナリティーを務める。12月15日に一夜限りで復活するもので、コーナーはすべて一新。本人も「新しいオールナイトを是非聴いて」と楽しみにしている。今月で放送開始から40年目を迎えた「オールナイトニッポン」に、中島が帰ってくる。パーソナリティーを務めたのは79~87年。91年に1度だけ特番に出演している。月曜深夜1部を担当。楽曲とのイメージとは違ったハチャメチャに明るいトークで人気を集め、リスナーから「みゆきさん」と親しまれた。8年間の担当はナインティナイン笑福亭鶴光らに続く歴代5番目の長寿パーソナリティーでもある。番組側では、放送開始40年目の大きな目玉として出演を依頼。検索サイト「goo」がアンケート調査した「好きなオールナイトニッポンのパーソナリティー・ランキング」で1位になったタイミングでもあり、リスナーからも復活が強く望まれていた。復活にあたり、中島は当時の懐古ではなく、コーナーを一新。22日に発売する新アルバム「ララバイSINGER」の収録曲にかけたユニークな“お題目”を5つ用意。新アルバムに封入されたはがきに好きなコーナーを選んで投稿してもらい、かつて「中島みゆき ほのぼのしちゃうのね」でコンビを組んだ同局のうえやなぎまさひこアナウンサー(49)との掛け合いで進行させる。中島は昨年2月、ライブドアニッポン放送買収計画が明らかになった際、経営権が移った場合には同局の番組に出演しない意思を表明し「オールナイト・・・」をともに作り上げたスタッフと番組への深い愛情をうかがわせた。レギュラー時代からは19年9カ月ぶりの復活に「新たなオールナイトを是非聴いて」とコメント。懐かしいペンネームの常連たちとの再会も心待ちにしている。

中島みゆき「ANN」一夜限りで復活~スポニチ Sponichi Annex 2006年11月07日付 紙面記事より引用。

当時リアルタイムで、みゆきさんのANNを聞いていた人には嬉しいニュースではないでしょうか!!
どことなく暗めながらも迫力のある歌いっぷりとは、まるで違う・正反対のハイテンションでお茶目で明るい声のDJには、ファンの人もそうでない人も、吃驚仰天した人が多かったと思います。今度放送される日は、記事にも書いてありますが、ニッポン放送をキーステーションに全国各地の放送局で12月15日25時~27時(正確な時間は16日深夜1時~3時)ON AIRです。久々に録音して聞いてみようかしらん

詳しい参考資料です

NAKAJIMA MIYUKI OFFICIAL SITE

中島みゆき研究所さんのHP

是非訪れて見てください

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

ナインティナインのオールナイトニッポン 

私はいつもパソコンで作業するときは、大抵音楽かタイマー録音したラジオを聞いています。今日は私のお気に入りのラジオ番組を紹介します。
毎週木曜の25時からニッポン放送系で全国で放送している人気番組ナインティナインのオールナイトニッポンです。1994年4月4日に放送スタートしてからもう11年8ヵ月、同じ木曜を担当していたビートたけしさんの10年(1981年1月1日~1990年12月27日放送)を抜き、1番長く続けられた笑福亭鶴光さんの11年9ヵ月(1974年1月??~1985年10月6日放送)に次ぐ長寿番組です。もうすぐ鶴光さんの記録を抜いて38年のオールナイトニッポンの歴史の中で、最も長い番組になるのは、ほぼ確定的だと思われ、今でも衰える気配はありません

この番組のフリートークでは、テレビのナインティナインさんとは違った一面が見られます。テレビ収録の裏話・プライベート話・そしてたまに出る岡村さんの小気味のいい毒舌、それにタイミング良く相槌を入れる矢部さん。コンビ間の連携は良く、聞いてて本当に気持ちいいです。

リスナーから送られてくるネタで作られる各コーナーも充実しており、特に2時の時報とともに始まる「悪い人の夢」コーナーは長年にわたって安定した人気を保っています。今は、どのラジオ番組のコーナーでもメールが主体ですが、この番組は昔ながらの伝統のハガキのみで受け付けていろのが特徴で、かなりのこだわりを感じます。送られてくるはがきも大変レベルが高く、日本の全ラジオ番組の中でもトップクラスで、常連さん(=ハガキ職人)ともなるとネタはプロレベルで、その中から将来バラエティなどの裏方さん(作家・ディレクターなど)になる人も多く、未来の芸能界をしょって立つ金の卵と言っても過言ではないかもしれませんね

たまに来るゲストも、今、旬なゲストまたはヘビーリスナーやマニアなどがニヤリとしそうなツボを突いたゲストが出てくるのもこの番組の売りですね
告知といっちゃなんですが来週15日には最近ハッスルでも話題になった和泉元彌さんが、そしてクリスマスか年末には毎年恒例の出川哲郎さんが来そうですね。またお馴染みの岡村vs出川の戦いがあるんでしょうか、楽しみだなあ

ナイナイさんの番組を見たり聞いたりすると、ラジオ・テレビともスタッフと一体感になっている事、またお笑いを心の底から好きというのが伝わってきます。こういった理由で私はナイナイさんに好感を持っています、これからも頑張って欲しいですね

詳しい参考資料です

ニッポン放送 ナインティナインのオールナイトニッポンのHP

是非訪れて見てください

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

ラジオはアメリカン 

ラジオはアメリカンラジオはアメリカン

題名を見て、おおーーっと思われた方は、30代の人が多いのではないでしょうかか。あと上の2つの画像見て懐かしいと思われた方は、100%あるラジオ番組のリスナーと断言してもいいかもしれませんね
そうです、今日はTBSラジオをキーステーションに全国のラジオ局で放送されていた人気番組ラジオはアメリカン略してラジアメ(1981年4月~1996年7月放送)について書いてみます。上の画像は2代目パーソナリティ斉藤洋美さんの時に出した番組本の画像です。
初代  大橋照子(1981年~1985年)
2代目  斉藤洋美(1985年~1993年)
3代目  大原のりえ(1993年~1996年)
の3人のパーソナリティと構成作家の鶴間政行さんのコンビで放送されてました。ほのぼのした雰囲気でコンビ間も絶妙だったのが印象的です。またスポンサーがナムコというのも魅力的でした。80年代当初のナムコはパックマンゼビウスなどの人気ゲームをバンバン出していた事もあり絶頂期でした。
私が最初に聞き出したのは大橋照子さんの時でしょうか、受験勉強の頃です。何気にラジオのダイヤルを回したら、ラリーXのジングルが流れてきたのがこの番組との出会いでした。当初はこの番組で流れるナムコのCMとジングルが楽しみで聞いていたのですが(自分はゲーム好きだったから)、いつの間にか番組の本編にもハマっていきました。1度聞いたら忘れられない照子さんの独特の声も好きっていうのもあったかもしれません

この番組の目玉はおもしろカセットベストテン(略して、おもカセ)のコーナーだったと思います。リスナーが面白いもの(どんなジャンルでも、どんな音源でも構わない)を録音したテープの中でベストテンを決め、その内のベスト3を放送していました。いろんな名作が生まれました。個人的には「篠ノ井駅の発車ベルの音」「必殺サザエさん」「ビバ!クイズ珍回答集シリーズ」が好きでした(あと他にもいっぱいありすぎてここには書ききれないっす)
この、おもカセで「ビバ!クイズ珍回答集シリーズ」は安定した人気がありました。この「ビバ!クイズ」というのは、KNB北日本放送で、1974年から1993年に夕方に放送され、富山県人・富山県出身の人で知らない人はいない小学生参加のクイズ番組です。20代以上の富山県人・富山県出身の人が小学生の時の同級生は、最低1人必ずこのクイズ番組に出場したでしょう
「ビバ!クイズ珍回答集シリーズ」は最低月1回はベスト3に入って放送されたため、ローカルなクイズ番組にも関わらず全国的に知られるようになっていきました。
あと、2代目パーソナリティ斉藤洋美さん以降で全国各地で開催されたリスナー参加型イベント「フレキャン」もこの番組の人気企画のひとつでした。1度参加してみたかったですね、今思うと。

この番組は1996年に放送終了しましたが、1998年に「大橋照子のラジオはカプチーノ」(1998年10月~1999年3月)として復活、その後文化放送になぜか移動し「大橋照子のしゃべり・バビデブー」(1999年4月~2001年3月)、「大橋照子のこれでキメましょう!」(2001年4月~2002年3月)が放送されました。

今現在は、インターネットラジオで復活 斉藤洋美のラジオはアメリカンを有料で聞くことができます。
また大橋照子さんは大橋照子のテルネット・インラジオNIKKEI・インターネットラジオ・BSデジタル放送301CHで聞くことができます。
どちらの番組もほとんど雰囲気変わらず放送していますよ
爆笑問題太田光さんは昔この番組のリスナーだったらしいですね。くりぃむしちゅー上田晋也さんもラジオで「ラジオはアメリカン」という単語を言っていたらしいので聞いている可能性あるかもしれませんね

詳しい参考資料です

大橋照子の話し方教室

斉藤洋美のシネマドンナ
洋美さんのブログや声も聞けます

Moment of Sunrise
「篠ノ井駅の発車ベルの音」の音源があります

ビバ!クイズ年表

是非訪れて見てください

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

FMエアチェック物語 part2 

FMエアチェック物語 part1からの続きを書きます。
エアチェックブームの中、2週間分の番組表が載っているFMの雑誌が次々と登場してきました。今のテレビガイド誌のラジオ版と思ってくださればいいです。番組表には番組名はもちろんですが、その番組内に流れる曲名・その曲の長さ(何分何秒という風に書かれている)まで細かく載っていました。私は雑誌で洋楽のビルボード・CASHBOX(今で言うヒットランキングかな)に載っている曲をチェックして、番組表と照らし合わせてチェックした曲目があったら片っ端から録音すろ事がマイブームとなっていきました。part1にも書きましたが、新しいアルバムを全曲流す番組とかアーチスト特集とかやっていた番組とかありましたので、カセットテープに録音しまくりました。当時中学生だった私には金額的に助かりました。この頃はいっぱいFMの番組を聞きました。クロスオーバーイレブン・サウンドストリート・城達也ジェットストリームが一番好きでした。ジェットストリームは本当に眠くなりますよねえ。カーステレオで聞いたら事故起こしそうです。
私はこのエアチェックブームで洋楽に目覚めました。私ぐらいの年代ではこういう人が多いのではないでしょうか。当時売れていたアーチストは、マイケルジャクソンプリンスマドンナブルーススプリングスティーンワムシンディローパーカルチャークラブフィルコリンズなど色々いましたねぇ。あと日本だけですがGIオレンジ^^
この後、私は当時の洋楽ヒット曲だけでなく、60年代・70年代の曲もエアチェックして聞くようになっていきました。

FMの雑誌は「FM STATION」「FM fan」「FM レコパル」「週間FM」がありました。この中で「FM STATION」が一番人気があったと思います。一時期は山積み(それも中途半端じゃない)されて、全盛期の週刊少年ジャンプのように半日で売切れるくらい大人気でした。鈴木英人さんの描いていたおしゃれな表紙とカセットレーベルもたまらなくいいですね
画像の置いてあるところを下にリンクしておきます。

FM STATIONの表紙の画像

Rock & Movie Reviews The Wild & The Innocent

hideの「何をゆう~、早見優~」

Welcome back to 80s!

当時この雑誌を買っていた人には懐かしい画像だと思います。今見てもいいですね鈴木英人さんの公式HP、鈴木英人さんのファンのHPを下にリンクしておきます。訪れて見てください。

鈴木英人のホームページへようこそ

鈴木英人-エイジン・コミュニケーションズ

しかしながらブームというものは必ず終焉を迎えます。このエアチェックブームも例外ではありませんでした。コンパクトディスク=CDの登場です
CDはレコード・FMと比べても、ノイズなし・高音質の優れた便利な代物であります。またこの頃にはビデオも普及して、各地で今の形式のレンタル店が増えていきました。そこにはビデオと共にCDも置かれるようになっていきました。こういったお陰で、ほとんどの人はエアチェック派からCD派に移っていきました。それと共にFMの雑誌も徐々に部数を減らし次々に廃刊となっていきました。

この記事を書きながらビートルズを聴いているのですが、ビートルズもこのエアチェックブームで存在を知ったんですよね

詳しい参考資料です

なんだか日記

気まぐれ気ままなブログ

哲学するワインの馬鹿

So What

是非訪れて見てください

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

FMエアチェック物語 part1 

 
FMエアチェック!!

もう死語ですね・・・
1980年代半ばに、エアチェックして音楽を聞くことがブームになったことがあります。
エアチェックとは何ぞやという人にちょっと説明します。ラジオ放送のFM電波・AM電波をカセットテープに録音することをエアチェックといいます。まあ当たり前ですが当時はCD-R・MD・DVD・ハードディスクタイプなどはありません(ちなみにCDもまだ出てなく、ビデオもまだ普及していなかった)。
カセットテープには、ノーマルテープ・クロームテープ・メタルテープと3種類ありました(他の種類はあったかなあ、多分これで合ってるとおもいますが)。ノーマル→クローム→メタルの順に性能が良く、それに比例して値段も上がっていきます。ほとんどの人はちょっとしたものの録音にはノーマル、保存用録音にはクローム・メタルといった感じで使い分けていたように思います。今この記事を読まれている若い人達には、クローム・メタルという存在があるなんて思ってもなかったなんて言われそうですね。
当時のカセットレーベルの画像です。こんな感じで使っていたのではないでしょうか

80年代のカセットレーベルシリーズ その1

80年代のカセットレーベルシリーズ その2

この頃はレコードが主役でした。しかしLPレコード(今で言うアルバムです)1枚の値段は今と変わらず3000円くらいで、お気に入りのものは買うにせよ、そうでないものまで買うと財布はパンクしてしまいます(今のCD時代でもほとんどの人がこうだと思います)。レンタル店も貸しレコード店(You&愛など)というものがあったが、ほとんど普及していない状態でした。今みたいにビデオ・CDがない時代でしたから。
そこで注目を浴びたのがFM電波です。FMはレコードほどではないにせよ、かなり良い音質でした。この頃のFMで掛ける音楽は、今みたいに途中で遮ることなくフルに流していました。今では考えられませんが、新しく出たアルバムの曲を全部流していました番組もありました。また80年半ばは全国的に民放FM局の開局ラッシュの時代でもありました
そして、これらの色々な要因が重なって、FM電波を録音して音楽を聴くFMエアチェックがブームとなっていくことになります。

part2に続く

次回はエアチェックブームの中で登場してきた雑誌についてです。

風邪引いちゃて記事書くのが遅れました、すみません。

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

ブルーハーツのリンダリンダをビートたけしが歌った!! 

ザ・ハイロウズの活動休止の発表から3日くらい経ちました。今後DVD・CDでは見ることも聞くことが出来ても、ライブではもうそれが出来ない。形あるものいつかは崩れるという言葉があるように、いつかはこうなるんだと言い聞かせてもやはり悲しいですね・・・

今日はザ・ハイロウズからはちょっとずれますが、伝説のラジオ番組ビートたけしのオールナイトニッポン(1981年1月1日~1990年12月27日放送)にザ・ブルーハーツがゲスト(1988年終わり頃?)に来た時のお話をします。
この頃のたけしさんは、今ほど丸くなくてまだ毒舌健在でした。めったに人を褒めないたけしさんですが(これは今でもそうですね)、ザ・ブルーハーツがゲストに来る前に、やたら褒めていた記憶があります(深夜に睡魔と闘いながら聞いていたので間違ってたらごめんね)。
そして当等、たけしさんの番組にザ・ブルーハーツがゲストに来ました。初めのうちは、お互いにシャイな性格もあってトークに間が空く感じで進んでいったものの、番組はいい雰囲気でした。そしてトークが終わり演奏が始まります
曲目はリンダリンダ
普通ならボーカルは甲本ヒロトさんなのですが、この日はななななな~~~んとボーカルはたけしさん、一日だけのスペシャルユニット!!
お世辞でも、たけしさんは歌はうまいとは言えませんが(しかも歌詞が少し間違っていた)、なかなか味のある歌い方でした(たけしさん自身のアルバムでも味のある歌い方をしています。たけしソングについては後日記事にします)。そして最後のほうは甲本ヒロトさんとツインボーカルで歌いました。このラジオを聞いていた自分自身もう鳥肌ものでした。今思えばテープに録音しておけば良かったと思います。かなりのプレミア品になったでしょうね

この話はまだ続きがあります。
このラジオで、まだ知名度のない頃の浅草キッド水道橋博士さんが、たけしさんのお茶組みをしていました。もうご存知の方もいると思いますが、水道橋博士さんと甲本ヒロトさんは、中学時代の同級生でした。2人ともこういう形で会うとは思ってもみなかったでしょうね。その後、浅草キッドの知名度が上がっていくと共に、彼らは親交を深めていきます。
浅草キッドの著作本リストの中の「濃厚民族」という大物著名人たちをゲストに迎えての対談集の本に浅草キッドと甲本ヒロトさんが対談しています。興味のある方は読んで見てください。

最後に水道橋博士さんの本に書いてある名言を載せて締めくくりたいと思います。

中学時代同級生だった元・ブルーハーツ、現・ハイロウズのボーカル甲本ヒロトは、ロッカーとなった理由を

ラジオからビートルズが流れてきたから

と言った。そのフレーズを頂ければ、俺が漫才師になったのは

ラジオからビートたけしが流れてきたからだ

人気ブログランキングFC2ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
ランキングに参加しました
上のバナーをクリックしてくれると嬉しいです。最後まで読んでくれて有難う御座いました

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。