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さわやか流よ、永遠に・・・ 

将棋の米長邦雄氏が死去 最年長で名人位
独特の終盤戦術で一時代を築いた将棋の永世棋聖、米長邦雄(よねなが・くにお)日本将棋連盟会長が18日午前7時18分、前立腺がんのため東京都内の病院で死去した。69歳。山梨県出身。葬儀・告別式の日取り、喪主などは未定。故佐瀬勇次名誉九段門下で、1963年に19歳でプロの四段に。73年、棋聖戦で初タイトルを獲得。劣勢から逆転を狙う棋風は「泥沼流」と呼ばれ、ファンを沸かせた。93年には49歳11カ月の最年長記録で名人位を初獲得し、「熟年の星」と注目を浴びた。通算タイトル獲得数は歴代5位の19期で永世棋聖。通算1103勝を挙げ、2003年に現役を引退した。
東京新聞 2012年12月18日 13時12分より引用

記事中、「泥沼流」と書かれているが、盤を離れれば気さくな性格から「さわやか流」と呼ばれていた。良くも悪くもユーモアたっぷり・茶目っ気満載な言動で世間にも認知度が高く人気がある棋士の一人でした。御冥福を御祈りします、合掌。各棋士のコメントと最年長名人になった棋譜を掲載しておきます。久々に米長将棋を並べてみようかな・・・



羽生善治三冠の話
「相手にとって重要で、自分にとって無関係な一局こそ全力を尽くすという米長哲学は、将棋界の要であり、礎でもあります。いつも周囲を明るくし、対局、連盟の運営に打ち込まれていました。その鬼気迫る姿からたくさんのことを教えていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします」
「米長哲学は将棋界の要であり礎」 羽生善治三冠

谷川浩司九段・日本将棋連盟専務理事の話
「米長永世棋聖には、名人戦、棋聖戦のタイトル戦をはじめ、公式戦で60局以上教わりました。中終盤での戦い方は大いに勉強になり、名著『米長の将棋』シリーズは十代の私のバイブルでした。役員としても1年半、御一緒させていただきましたが、その行動力と発想の柔軟さにはいつも感心させられました。もっといろいろなことを教わりたかった、と残念でなりません。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。また、米長会長の体調を御心配いただいた皆様に、心から御礼を申し上げます」
「行動力と発想の柔軟さに感心させられました」 谷川浩司九段・日本将棋連盟専務理事

中原誠十六世名人の話
「容体が良くないとは聞いていましたが、こんなに早く亡くなるとは驚きました。米長さんとはライバルといわれ、随分タイトル戦で戦いました。その頃のことを思い出しながら、哀悼の意を表したいと思います」
中原誠十六世名人「こんなに早く…」

開始日時:1993/05/20・21
棋戦:名人戦
戦型:矢倉
場所:広島県尾道市「ベラビスタ境ガ浜」
先手:米長邦雄
後手:中原誠

▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲7八金 △3二金
▲6九玉 △4一玉 ▲5八金 △5二金 ▲6六歩 △4四歩
▲3六歩 △3三銀 ▲7九角 △3一角 ▲6七金右 △4三金右
▲6八角 △7四歩 ▲7九玉 △8五歩 ▲3八飛 △6四角
▲3七桂 △3一玉 ▲2六歩 △5三銀 ▲1六歩 △1四歩
▲8八玉 △7三角 ▲4六歩 △2二銀 ▲4七銀 △3三桂
▲2五桂 △4二銀 ▲3五歩 △同 歩 ▲同 飛 △3四歩
▲3九飛 △2四歩 ▲3三桂成 △同銀右 ▲3六銀 △2三銀
▲2九飛 △2二玉 ▲2五歩 △同 歩 ▲同 銀 △2四歩
▲3六銀 △9四歩 ▲9六歩 △6四角 ▲3五歩 △同 歩
▲同 銀 △3四歩 ▲2六銀 △7五歩 ▲同 歩 △同 角
▲7六歩 △5三角 ▲3六桂 △9五歩 ▲同 歩 △8六歩
▲同 銀 △同 角 ▲同 歩 △8五歩 ▲同 歩 △3五歩
▲2四桂 △同銀右 ▲4五歩 △3四銀打 ▲4四歩 △4二金引
▲2五歩 △3三銀 ▲4六角打 △6四桂 ▲3五銀 △同 銀
▲同 角 △8五飛 ▲8六歩 △3五飛 ▲同 角 △4七角
▲2四歩 △2九角成 ▲2三歩成 △同 金 ▲2四歩 △7六桂
▲同 金 △8七歩 ▲同 玉 △3七飛 ▲6七銀 △5六馬
▲2三歩成 △同 馬 ▲4六角
まで117手で先手の勝ち

米長邦雄 名人

詳しい参考資料です

米長邦雄の家

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将棋名人戦 捨駒一閃!! 

第37期名人戦今日は将棋名人戦での歴史に残る捨駒について書いて見たいと思います。将棋に詳しい人ならば、名人戦での歴史に残る捨駒といえばこの対局を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。そうです、1979年4月26・27日に行われた第37期名人戦七番勝負第4局、中原 誠 名人vs米長邦雄 棋王です(タイトル名は当時のもの)。この対局は相矢倉の戦型で進んでいきます。左図は82手目のもの、先手玉は△4八飛成(以下▲5八角は△同龍で論外。よって▲5八金だが△7七馬▲同玉△7八金▲6七玉△6六飛▲同玉△4六龍以下詰み)の詰めろ。


後手玉は詰みはないのでこのままではいけない。しかしここで受けていても一手一手なので▲3三桂成△同銀▲5四角△3一玉▲6二金と迫っても△4八飛成▲5八桂(左図)△7七馬▲同桂△7八金▲9八玉△8八金打▲9七玉△8七金▲同玉△7七金▲同玉△5七龍▲6七金△8六銀▲8八玉△8七銀成▲同玉△6七龍(右図)以下長手数ですが詰まされてしまいます。
これで中原陣崩壊かと誰もが思うでしょう。、ここで将棋の歴史上5本指に入るといっても過言ではない一手が出ます

第37期名人戦▲5七銀!!!いわゆるただ捨て、捨て駒です。銀を馬で取らせて後手の攻めを遅らせて、逆に先手の攻めを速くしようとする絶妙手です!!将棋の格言に「終盤は駒得よりも速度(スピード)」というのがありますが、正に▲5七銀はこの格言の見本といっても言ってもいい一手ですね。▲5七銀に△7七馬▲同桂としても金2枚では先手玉に迫れず、逆に角を渡して後手玉が危なくなります。また▲5七銀は利きも素晴らしいです。実戦は△5七同馬と銀を取っています。その後▲5四角△3一玉▲3三桂成△同銀▲6二金△4八飛成▲5八桂で91手目の図です。


前述した右の再載図と、左の91手目の図を比べて見てください。良く似ていますが後手の馬の位置が1つ違うだけです。右の図ではこのまま詰まされてしまいましたが、91手目の図では後手の馬が一路遠いために詰みを逃れています。先ほどの▲5七銀の効果がここで発揮されています。なおここで▲5八桂ではなく▲5八飛・▲5八金だと先手玉は詰まされてしまいますので、ここでの▲5八桂は絶妙のタイミングの合駒となっています。

第37期名人戦その後△3二銀▲5一飛△4一桂▲3二角成△同玉▲4三銀△2一玉▲4一飛成△1二玉▲2四桂で米長邦雄 棋王は投了しました。左が投了図です。△同歩は▲3二龍、△同銀は▲2二金△同玉▲3二龍です。
記事の題名に「捨駒一閃」と付けましたが、この局は正にそういった感じの局でした。なんか四字熟語にしちゃってもいいくらいですね、ははは





詳しい参考資料です

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